思い出に恋うるという事 

「どうも、景麒の幼い頃って想像できないんだよなあ。」

そう、彼女が言うとかたわらにいる麒麟が不満そうな表情を作る。
「私とて生物ですから、幼い時があって当然でしょう。」
「それがわたしの想像外なんだけど。延台補ならご存知ではないかと思うんだけど…一度お聞きしてみようかな?」
隣に立っている僕を見上げると、盛大に顔を顰めている。
「お止め下さい。その為に延台補をお呼び立てするおつもりですか?」
「そうだよなあ。」
付き合いの深い国だから、呼ぶまでもなくお会いすることもあるだろうし。
陽子が口に出さずにそう考えたとき、
冢宰である浩瀚が部屋を訪れた。
「失礼します、主上。今日の朝議の内容を、報告書にしてお持ちしました。」
「ああ、済まないな。裁可の為には浩瀚の意見も聞きたいのだけど、時間はあるかな?」
「私はかまいませんが、主上は大師とのお約束があるのではありませんか?」
「ああ、そうか。じゃあ、後で。」
そう言うと、陽子は部屋を出て大師府へ向かった。
景麒も瑛州候の執務があるため、部屋を出ようとしたとき、
すれ違いざまに、浩瀚がささやいた。
「私が昇山した時のことは、主上にはお話しないでおきますよ。台補。」
はっとして、景麒が振り返ると、普段は怜悧と評されるその面に、今は悪戯めいた笑みを浮かべている。
「先ほど、主上と台補のお話が聞こえたものですから。」
そう、澄まして言うものの、何かを含むような彼の様子に景麒は少しばかり動揺する。
「私が昇山して天意をはかった時、蓬山候はまだ12、3才くらいでしたか。」
「いまだ童の装束を着て、髪に花などを挿した様子はなかなか愛らしかったですよ。麒なのか麟なのか見た目ではわかりませんでしたから。」
「冢宰!」
普段なら名前で呼ぶものを、戒めの為、景麒はその官位で抗議の声を上げる。
わずかに顔が赤いような気がするのは羞恥の為か、怒りの為か。
常ならば決して見られぬであろう宰輔の様子に、浩瀚は薄く笑みを浮かべた。
「やはり、主上にはお話しないほうがよろしいでしょうね。」
満足気にそう言うと、颯爽とその部屋を辞していく。
後には、渋面をした景麒が取り残されていた。




冢宰府へと向かう途中、浩瀚は先ほどの景麒の様子を思い出して足を止めた。
普段は表情の乏しい台輔が、顔色を変えるのを見るのはなかなか楽しい。
しかし一度くらいは笑った顔なども見てみたいものだ。笑えばさぞかし…
そう考えて、初めて景気に見えた時のことを思い浮かべてみる。

本当に。
あれほどの美少女は見たことがなかった。
肌はみずみずしく、透けてしまいそうなほど白い。
きりりとした大きな瞳、長いまつげ。薄い唇は紅を佩いた様に赤かった。
麒麟特有の金の髪がまるで後光が差したように神々しく。
乏しい表情が作り物のような印象を与えたが、それが一層神秘性を強調し、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
その人を初めて目にしたとき、衝撃が浩瀚を貫いた。
そして湧き起こった感情は彼が初めて経験するもので。
それは、まるで天啓のよう。
「なのに、少女ではなくて少年だとは…」
それでも手に入れたいと思った。
しかしその為には、王でなければならない。
麒麟は王の物であるのだから。
そもそも、浩瀚が昇山したのは、
周りの勧めもあったが、それが国民の義務だと思ったからだった。
決して、自分が王に相応しいと思っていたわけではない。
しかし、この麒麟を見てはじめて強く願った。
自分が王であれば良いのに、と。
そんな邪で軽薄な想いを天は見抜いたものか、
結局、自分は選ばれなかった。
景麒にまみえる機会を持った時、国のこと、麦州のこと、ひとしきり問われるままに答え、話をした後で景麒は残念そうに「至日までご無事で。」と浩瀚に告げたのだった。
苦い思いで聞いたその声を自分は忘れないだろう。まだあどけなさの残る少年独特の高い声。無性の者の…。

その景麒が王を選んだのは、浩瀚が昇山してから10年後のこと。
麦候として慶賀の挨拶の為に王宮に赴いた彼は、そこに成長した、かつて自分が想いを寄せた麒麟の姿をみとめた。
当時の面影が無いわけではない。しかしどう見ても麒にしか見えぬ宰補がそこにいた。
それでも、抑揚の少ない話し方は変わっていない。
そう考えて浩瀚は自嘲する。
あの、美少女とも言える麒麟が成長した姿を麟として思い描いていた自分に気付いて。
恋慕の情というのは、どうにも自分の思う通りにならない。
厄介な事だとおもいながら…
だから、
台輔失道の報せを受けたとき
彼の人を救う為に、迷わず大逆を犯す覚悟を決めたのだ。
しかし、それが実行に移される事はなかった。
その前に、予王は景麒を開放したから。
自分のいた麦州から王宮はあまりにも遠すぎた。

今の主上を尊敬しているし、信頼もしている。
臣下として、主上の為ならば自分はどんな犠牲をも払う覚悟もある。
それでも。
今度、王が道を誤り、台輔が失道に罹ったら
きっと、自分は主上を弑し奉るだろう。
今度は、すぐにもそれを実行できる場所にいるのだから。
大逆の理由をもっともらしく並べ立てて、諸官を丸め込んで、凶行に及ぶのだ。
他ならぬ、台輔を救う為に。
今の自分にはそれができるはずである。



そこまで考えて浩瀚は頭を振って息を吐いた。
どうも、過去の想いに囚われて、くらい考えになってしまったようだ。
そのような事にならぬように自分はここにいるのだから、務めを果たさなくては。
私のこのような内情など、誰にも気付かれてはならないのだ。

そうして、彼は自分の務めを果たす為、冢宰府へと足を向けた。
現在の日常に戻るために。


原作より

ケイキは2度浩瀚に会ったと言っています。
1度はえんほをどこかに移せないかと相談された時。
慶賀の挨拶なんかをいれたらもっと会っていてもいいはずだし、
じゃあ、もう1度はどこで会ってるんだ?
ということでこんな裏設定考えてみました。

よく読むと、と言うかよく読まなくても浩景。
どうですか!?浩景。
ケイキは主上ラブな生き物なので報われないことこの上ないカップリングですが。

 

 

 

 

 

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