1曲が終わろうかというところで、テトムが不意に彼の手を取った。
自然、笛は中断される。
「こんなに冷たくなって…」
「えっ」
「このままじゃ、手がしもやけになっちゃうわ。」
見ると手は寒さのために真っ赤になっている。
テトムは彼の手を暖めようと、自分の両手で包み込んでそっと息を吹きかけた。
冷えて感覚の無くなっていた手に、生暖かい感触を感じて彼の身体に痺れが走る。
それは彼が遠い昔に忘れていた甘い疼き。
「あ、ありがとうテトム…」
「もう、戻りましょう?きっとみんなが待ってるわ。」
そうして彼に微笑みかけるテトムを見て、ムラサキには似ていないと思った。
ムラサキとは確かに違うガオの巫女。
そう思えるのは、きっと1000年の昔よりも、すでに今を選んでいるから。
「そうだな。戻ろうか、みんなのもとへ。」
つもった雪を踏みしめ、歩きながら、
彼は、口にすることをためらった先ほどの詠の続きを
ムラサキの面影と共に胸の中にそっと沈めた。
「………」
もう1000年前には帰れないと思い、
還るつもりもない自分の薄情さを彼女に詫びる。
忘れるわけではない。
それよりももっと、甦ってしまった今、目の前にある現実を大切にしていきたいと思うのだ。
再び後悔することのないように。
「シルバー?」
立ち止まってしまった彼にテトムが声をかける。
「ああ、すまない。」
そう言うと、彼は彼女の手を取って再び歩き出す。
たしかに感じる、その手のぬくもりこそが今の彼の現実だった。
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『白銀の衣に替えて黒羽谷 だれのためにぞ装うべきかな』
今年もまた、黒羽谷は雪に被われて白銀に輝いています。
誰の為に雪化粧するのでしょうか?
(あなたはもういないというのに)
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『黒羽谷 千代にかわらぬ雪化粧 うつろうものは人の心か』
黒羽谷の美しさは変わることがありません。
変わったのは貴方を忘れていく私の心なのでしょう。
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