「くしゅんっ」
テトムのくしゃみで笛が途切れた。
「あまりここにいると風邪を引く。もう、戻った方がいい。」
「ええ。シルバーも。」
「俺は…」
「ずっとここにいたら雪に埋もれてしまうわ。ね?」
「ああ。」
腕をとられて、彼女に頷けばやっと時間が動き出したように感じた。
失った時間に殉じるには、彼にはまだやるべきことが多すぎる。
それでも…
テトムの後を歩きながら、
彼はもう一度、雪の黒羽谷を振り返った。
先ほど口に出せなかった詠の続きを呟く。
今はもういない、ムラサキの為だけに贈る返歌を。
「………」
それは1000年の彼の想いを弔う恋の詠。
誰にも知られることなく、雪の谷に埋もれていく。
「シルバー?」
立ち止まってしまった彼に、テトムが気付いた。
自分の知る名で彼を呼ぶ。
今の名を呼ぶ声に、彼は踵を返してその場を後にする。
あとはもう、彼が後ろを振り返ることは二度となかった。
***************
『白銀の衣に替えて黒羽谷 だれのためにぞ装うべきかな』
今年もまた、黒羽谷は雪に被われて白銀に輝いています。
誰の為に雪化粧するのでしょうか?
(あなたはもういないというのに)
**
返歌
世の中は1000年の間に変わってしまったが
黒羽谷は昔と変わらず美しいままです。
それでも昔の方が美しかったと思うのは、隣にいたあなたがいないせいなのでしょう。
|