夏の予感

 

 

 

オルグとの戦いが終わった。
テトムは月で眠りに就き、みんなは自分達の道を歩く為にそれぞれの場所に戻って行った。
行き先は知らない。
でも、それでいいと思った。
リーダーだった走先生だけはみんなの連絡先を知っていて
「いつか、同窓会しような。」
そう言ってくれたから。
この一年の戦いの記憶は、日常に持ち込むには現実離れしていたし、
思い出にするには、まだ鮮烈すぎた。
”いつか”という言葉がちょうどいいのかもしれない。
そうして、笑顔で別れた仲間達。


「日本一の格闘家を目指してがんばれよ。」


別れ際、彼はそう言った。

「俺も真面目にやりたい事を見つけないとな…
今のままじゃ俺、冴に釣り合わないもんな。」

「そんなこと…」

「俺、男として一人前になれるようにがんばるからさ。」

「うん。応援してる。」

「一人前になったらきっとまた会おうな。」

「約束だよ?」

…彼の電話番号も聞かなかった。
私の住所も言わなかった。
それでも再会を信じて約束して。
だから、再び会う日までは私も日本一の格闘家を目指してがんばろうと思った。

 

 

学校に戻ると稽古三昧の日々が待っていた。
1年の遅れを取り戻すべく、必死で稽古にうちこむ。
疲れ果てるまで特訓して部屋に帰ったら寝るだけ。
そんな味気ない毎日の繰り返し。
もっとも、オルグとの戦いは私を格闘家として成長させてくれていたらしく
すぐにみんなのレベルにまでは追いついたけれど。
それでも、目指すのは日本一の格闘家だから
こんな事くらいで満足なんかしていられない。
精進あるのみ。そうして厳しい稽古に精を出す。

 

 


そんな6月も終わりに近づいたある日。
昨夜から降り続いていた雨も昼ごろまでにすっかり上がって
授業が終わる頃には気持ち良いほどに晴れ渡っていた。
一歩外に出て、そのまぶしさに目を細めて空を仰ぎ見る。
稽古に追われていたのと梅雨の空模様のせいで、こんな風に空を見上げたのなんてずいぶん久しぶりのような気がする。
雨に洗われたせいだろうか?抜けるような青空。
青く青く、どこまでも青い。

…ああ、海の色だ。

そのとき、風に混じる水の匂いが鼻孔をくすぐった。
それらは彼のことを思い出させた。

「私、そんなに感傷的だったかしら?」

そう考えて、今まで忙しさにかまけて極力考えないようにしていただけだという事に気が付いた。
気付いてしまえば、せき止めていた水が一気に溢れて流れ出すように、想いが零れ落ちる。
そんな想いと一緒に次から次と思い出す彼の姿。
少し見上げる高さの彼の身長とか意外に大きな手とか、覗きこむ時の大きな目、優しい笑顔、柔らかい髪、頬、唇…
どうしたら会えるんだろう?
会いたくて、会いたくて。胸が苦しくなる。

 

だから…
はじめ、それは幻覚だと思ったのだ。
会いたい気持ちが見せる幻だと。

「お迎えにあがりました。お姫様。」

しかし、幻のはずの彼が彼女を見つけると満面の笑顔を浮かべて声を掛けてきた。
その目の前の事態にしばし呆然とする。

…本当に、海…?

驚きのままに問いが口から漏れた。

「どうして…?」

「会いたくなって。」

返事が返ってきたことで、急にそれは現実みを帯びる。
本当に海だ!
そうして、小走りに近づく。
以前よりも少しだけ大人びたように見える青年の笑顔がそこにあった。
胸が高鳴る。

「元気だったか?」

「もちろんよ。海は?今何してるの?」

「俺さ、今サーフショップでバイトしながらサーフィンの大会めざしてるところなんだ。」

「…サーフィン?」

「プロのサーファーになろうと思うんだ。」
そう言った表情は晴ればれとしていて、男らしさを感じた。

「自分の目標が見えてきたら、どうしても冴に報告したくなったんだ。
会って声が聞けたら、きっともっと頑張れるって思って。」

まっすぐに見つめる彼の瞳がなんだか照れくさくて
本当は嬉しさのあまり泣きだしてしまいそうなのに、ついそっけない言葉を口にしてしまう。

「『一人前になったら会おう』なんて言ってたのに。」

「なんだよ。冴は俺に会いたくなかったのか?」

拗ねてみせる仕草にもドキドキして。

「…会いたかった。すごく。」

考えないようにしてしまうくらいに。

コツンと彼の胸に額を寄せる。
伝わる鼓動と暖かさが、これが幻じゃないことを主張している。
こんな感覚はどれくらいぶりだろう?
少しの逡巡後、彼の手が遠慮がちに肩に回されたのを感じた。


「ええっと…白馬じゃなくて悪いけど。」

そんな言葉に顔を上げる。
彼が指差した方を見れば、白く塗ったスクーター。

「ぷぷっ」

「あ、笑うなよ。これが今の俺の精一杯なんだから。」

「だって。」

「しかも、2人乗りできないからコレ押して駅まで歩きな。」 

「あはははは。」

「笑うなって!」

思い切り笑ってひと息つくと、ささやくように彼の名前を口にしてみる。

「海。」

「なんだよ。」

応える声がある。
それだけでなんでこんなに満たされるんだろう。

「…ううん。なんでもない。」

白馬に乗ってなくったって、冴の王子様は海だけだよ。

言おうとしたその言葉を飲みこむ。
これは、まだ胸にしまっておこう。
いつか本当に一人前になったら海に伝えよう。
その時彼はどんな顔をするだろう?
それはとても心弾む素敵な想像。

 

 

「でも、よく分かったね。学校。」

「武術専門学校なんてめずらしいからすぐ分かったよ。」


白いスクーターを押す青年の隣に少女が肩を並べる。
駅に向かって歩く二人の間を
梅雨明けまじかの湿った風が通り抜けて行く。

2人で迎える初めての季節…
夏はすぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガオの青白は発展途上な感じに萌えます。
最終回の後の、新たな出会いを演出してみたかったのです。
二人の関係はこれから!みたいなね
そんな初々しさとか可愛さとかが書けてればいいんですが…
ま、言うまでもなく、デートしたり喧嘩したりして
ここから恋人らしくなっていくんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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