「君の願いをかなえてあげよう。ただし、とってもお金がかかるよ。」
そこは見知らぬ部屋だった。
声のした方を見ると、黒い服に眼鏡の男がこちらを見ていた。肩には白いヘビをのせている。
「お金なんて、おら持ってねえだ。」
そう言おうとして握りしめている右手に違和感を感じた。
手を開いてみると、いつの間にやら銀貨が二枚握られていた。
ああそうか、これは夢なんだ。
そういえば、この部屋には窓もドアもなくて、どうやって入ってきたのか考えればそれだって不思議だった。
でも夢だと思えばさして気にならない。
「さあ、君の願いを言ってごらん。」
ヘビがそう聞いたので、
「願い…」呟きながら考える。
いや、考えるまでもなかった。
「好きな人がいるの。その人はおらを嫁に貰ってくれると言ったけど。
再会できるかもわからない、いつ果たされるかわからない約束で。
それを思うと胸が痛くて、苦しくて。
できるなら、この胸の痛みを何とかして欲しいだ。」
「それならば、」
眼鏡の男が口を開いた。
「彼のことを忘れて新しい恋をみつけるか、彼に会って愛を告げるか。」
「もちろん!悟空さに会って嫁になるだよ。」即答する。
「彼との再会を望むなら、君の人生に再会の予定を書き込める魔法の鉛筆はあるが…」
男は言い澱んだが、おらは気にせずに続けた。
「それでちょちょっと書いちまえばいいんだべ?」
「そう簡単にはいかないな。魔法の鉛筆はとても重い。今の君にはとうてい持ち上がらない。」
男の後を受けてヘビも口を挟む。
「力をつけないといけないね。時間がかかるよ?
いっぱい体を鍛えて、それでも持ち上がらないかもしれない。」
「だったら、おら体鍛えるだよ!目標があればがんばれるべ!」
「それに…魔法の鉛筆は気難しいんだ。意思を持ってるんだよ。
気に入らないとすぐに暴れる。押さえ付けて言う事をきかせられるだけの腕っ節がないとね。
大変だよ?」
「大変なのは仕方がない。人の未来を決めてしまうなんて神にだって許されない、いわば悪魔の仕業だからね。」
男とヘビが意気地を挫くような事を言うもんだから、おらも少しだけ弱気になってきた。
「たしかに大変そうだべ…おらに出来るんだべか…」
「それが無理なら、手っ取り早く彼のことを忘れて新しい恋をみつけちゃえば?」
「魔法の消しゴムなら、彼と出会った事実を君の人生からきれいさっぱり消してしまう事も可能だが。」
なんて事を言い出すんだろう!ヘビも眼鏡の男も!
「そうすれば彼のことで思い煩うこともなくなるよ。」
そう蛇が言うと、枕ほどもある大きな消しゴムがおらの前に現れた。
「それなら手に取って消したい事実を唱えるだけでいい。とっても簡単だよ。さあ。」
ヘビがそれを勧めるように決断を迫る。
でもそれは受け入れられない。だから…
「おらは悟空さと出会った事を後悔したことなんてないだ。
だから絶対その事実を消したりなんてしねえ!」
そうして目の前の消しゴムを投げ飛ばす。
部屋の隅まで転がったそれは壁にぶつかると弾けて消えてしまった。
その様子を表情を変えずにながめていた男がおらに告げた。
「そう。それならば、君が力をつけたら魔法の鉛筆を連れてまた会いにくることにしよう。
それまで修行して体を鍛えておくんだね。」
目が覚めると自分の部屋の机の前だった。
悟空さのことを考えながら日記を書いていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
ふと見ると右手には鉛筆を握りしめていた。
夢の中で感じた右手の違和感はこれだったのかと納得する。
そして、さっきの夢を思い出して、あわてて消しゴムを探す。
たしかに机の上にあったはずのそれは
机から落ちて部屋の隅まで転がってしまっていた。
夢の中でおらが投げ飛ばしたのと同じように。
鉛筆と部屋の隅の消しゴムを見比べて夢の内容を反芻してみる。
さっきのはただの夢だ。
でも…
なんだろう。胸さわぎ。
だから…
「お父!おっ父!!おらに稽古つけてけろ!」
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